またしても、今朝、普段あまり見ないテレビをつけた。そのたまたまがMichael Jacksonの訃報を伝える。
中学生の頃、隣の席の少し気になっていた彼女がMichael Jacksonのビデオを貸してくれた。そこに"異次元"を見たことを思い出す。以来、どんなスキャンダルがあってもKalafは彼に好意的だった。彼のshowsがいつも完成されていて、そして誰にも真似できないものであったことは消えない真実。
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これは、sillyに聞こえるかもしれません。
Kalafは初めてMichael Jacksonを見て以来、彼を応援していました。それは、彼が異次元のIconでありStarであることを素直に感じていたからです。少し違いますが、フィレンツェでミケランジェロのダビデ像を見た時にも似たことを思いました。
いつだか、「何になりたいですか?」という質問に「ピーター・パンになりたい(※)」と彼が答えるのを聞いた時、妙にすっと入ってきたことを鮮明に覚えています。それはMichael Jacksonだったからでしょうし、あるいはKalafもどこか共感したからなのかもしれません。
自分でもおかしいくらいなのですが、かつて短い期間だけ一緒だったクラスメートを突然亡くしたような、そんな本当に勝手な感じがしています。
「彼は人間の可能性と不可能性を同時に体現し続けていた。」
これを彼への賛辞とし、彼への追悼メッセージとします。今、やっと安らかに眠らんことを。
※)「僕はピーター・パンだよ」だったような気もします。
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