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Saturday, 20 June 2009

"サービスとは個別具体化である"

Sao Pauloでのホテル暮らしが7週目に入ろうとしている。これだけ長く一つのホテルに滞在していると、スタッフは名前を覚えてくれるし、ポイントがたまるので部屋がアップグレードされたりVIPラウンジが利用できるようになる。

今日、ふと「サービスが『個別具体化』である」ことに気が付いた。もちろん払うお金の対価としてである。

例えば、「Mr」や「Sir」ではなく「Mr Kalaf」と呼ばれる。朝食ビュッフェにはない目玉焼きを出してくれる。既製服ではないテーラーメードもそうだ。

真新しいことではないにせよ、漠然と無意識に感じていたことが言葉として出てきた嬉しさがある。仕事でも活かされると期待したい。

Thursday, 7 May 2009

Global business-personの憂鬱

Kalafは自称global business-personだ。この動機で今の会社を選んだと言っても過言ではない。

さて、今月から再来月にかけて、ブラジルで過ごす時間が長くなりそうだ。今もブラジルにいる。もちろん望むところなのだが、global business-personでいる"price"はそれなりに重い。最近よく感じる。

・家族との時間が少なくなる。離れてしまうので当然だ。
・homeでやりたいことができない。例えば、ゴルフの特訓やピアノの練習。
・移動が大変。毎週のように飛行機に乗っていると疲れが積もる。
・食事に困る。朝はホテルの簡易ビュッフェ、昼と夜は外食。塩分も油分も高いし、バランスも良くない。しかもおいしいとは言えない。

どれもpracticalな側面だが、今後キャリアを選択する際、この辺りも考慮しないといけない。

Tuesday, 23 December 2008

梅田ism

梅田望夫、『ウェブ時代をゆく』

Kalafはこの著者と波長があう。これは一年ほど前に同じ著者の『ウェブ進化論』を読んだ際にも感じたことだ。"ネットの「あちら側」と「こちら側」"という発想や"グーグルの本質"はKalafにとって極めて刺激的で、この『ウェブ進化論』を読んでブログを書こうと思ったくらいだ。

さて、『ウェブ時代をゆく』。筆者が繰り返し述べる「オプティミズム(楽観主義)」と「志」がしっくりと響く。全体を通して極めてlogicalでかつpracticalである。第四章「ロールモデル思考法」は特に新鮮で参考になった。

こういう世界があるということを知るためだけでも、一読を強くすすめる。新しいパラダイム。(書評はアマゾンに十分過ぎるほど載っている。)

あわせて読んだ『ウィキノミクス』と似た系譜。すごい人は無数にいる。世界は広い。そして自分は何も知らない。

WIKINOMICS

ドン・タプスコット / アンソニー・D・ウィリアムズ、『ウィキノミクス』 (2007年6月)

Web2.0、マスコラボレーション・・・。この本の主旨は以下の抜粋やアマゾンの書評から想像できると思う。よく知られている例はLinuxやWikipedia、Facebook。本書ではこれら以外にもアマゾンやイーベイ、レゴやP&G等、事例が豊富。

こういう発想は好き。仕組みや組織を考える際の参考になる。実際の応用もそうだが、「マインド」としてより価値のあるものだと感じる。「専門性」が基礎にあることが前提になっていることを認識。

- "組織というものは、昔から、階層型の指揮命令系統だった。(略)従来の階層構造と支配による生産モデルに代わる新しいパワフルなモデル、コミュニティとコラボレーション(協働)、自発的秩序形成によるモデルが生まれつつある"(p.5)
- "新しいウェブとは動詞で表すもので、名詞じゃ表せない"(p.75)
- "我々一人ひとりが権限をもてば、さまざまな分野の人間が集まったチームという形でコラボレーションを行い、いままでよりも良い結果がだせるのではないか"(p.87)
- "従来の企業よりも自発的参加によるピアリングのほうが適材適所を実現しやすい"(p.110)
- "もちろん、社内に人材は必要である。しかし今後は、最高の人材は社外にいると考えなければならないことが増える"(p.162)
- "pro-sumer"、"pro-sumption"
- "ウィキノミクスの四大原則-オープン性、ピアリング、共有、グローバル"(p341)
- "ピアプロダクションにより、従来は不可能であったほどのスケールで社外の知識や資源、人材を活用できる(略)アプローチさえ間違わなければ利用できる豊富な人材が社外にいる。このようなモデルを採用した企業は、業界に大きな変革を引き起こし、競争のルールさえも書き換えしまう可能性をもつ"(p.429)
- ウィキノミクスの設計原則-リードユーザーからヒントを得ること、クリティカルマスを達成すること、コラボレーションのインフラストラクチャーを提供すること、十分な時間をかけて適切な構造と統制を実現すること、参加者全員が価値を得られるようにすること、コミュニティの規範に従うこと、プロセスが進化するに任せること、コラボレーションの精神を研ぎすますこと(p456)

本書で挙げられている事例のうちKalafが特に興味をひかれたもの。
  TakingITGlobal
  yet2.com
  INNOCENTIVE

Wednesday, 20 August 2008

a leadership

ふとリーダーシップについて考えた(思いついた)。

基本的には"センス"なのだと思う。ただ、この一言で片付けるつもりはなく、それは、"自分にリーダーシップがある"と気が付くかどうかという意味でのセンスだ。

"ある"と自分で気が付く人は、自然と、あるいはもちろん意識して、"自分がリーダーシップを取れると思った時に実際にそのリーダーシップを取る"ことが多いのではないか。

この積み重ねから、その内にリーダーシップのマインドだったり周りからの評価や期待が生まれる。そして、このサイクルがリーダーシップを内側からも外側からも"育てる"。

"noblesse oblige"を伴うエリート教育にもこの循環があるのだと想像する。

Saturday, 16 August 2008

Ballpark with Boss

Kalafのボス(コロンビア系アメリカ人)は、普段はマイアミではなくNorth Carolinaにいる。昨日、そのボスと半期に一度のPerformance Reviewを終え、"地元"Florida MarlinsのBallparkに行った。

マイアミに来てすぐ、このスケジュールを決めた。ボス自身が野球好きということもあるのだが、Kalafのことを思ってくれたのだろう。Chicago Cubsの福留孝介(※)が丁度マイアミに来る日を見つけて誘ってくれたのだ。ボスは優しい。

かなりの熱狂振り(マイアミ出身)を隠すこともなく、声援や野次を張り上げるボス。Kalafにチームや選手の説明をしてくれるボス。一緒にホット・ドッグを食べ、ビールを飲む。

上司と部下が無理なくコミュニケーションを深めることはなかなか簡単なことではない。これはアメリカでも同じだと感じる。

Kalafはボスに恵まれた。何より話を受け入れやすい。そして話をしやすい。

英語では、"部下 works for 上司."という表現を使う。"部下は上司のために働く"が直訳だ。アメリカに来る前からもこの表現は聞いたことがあったが、聞くたびに違和感を覚えた。上下関係を強調するこのフレーズへの拒否感に他ならない。渡米時にも、何度かボスから"Kalaf works for me."と紹介され、その度に"I just work with you."と思っていた。Kalafはrespectの存在しない上下関係を好まないのだ。強調されていると感じるとなおさら首を傾げたくなる。

ところが、しばらくする内に、"I work for him."と素直に思えるようになった。"I want to work for him."とさえ感じるようになった。どうしてか。

Kalafが結果を出す。それはボスの功績である。

当たり前のこの構造を極めて前向きにとらえるようになり、"ボスの功績のためにしっかり結果を出そう"と思い始めたのだ。Kalafのボスは、部下をそういう気持ちにさせる性格なのだろう。しかも、ボスはこのことを決して意識していない。言葉をあてるのであれば、"誠実"と"真っ直ぐ"がしっくりくる。誠実で真っ直ぐだから、Kalafも素直になる。

部下の隣でも、そのままファンになる。野球を観戦するという共感も手伝い、ボスとの距離はよりシンプルになった。

※)残念ながら、この日は欠場・・・。ただ、(他の日本人選手は別のリーグであるため)福留がマイアミに来なければ、ボスと"野球に行こう"という話はしても、こうして実際にスケジュールはしなかったかもしれない。

Friday, 13 June 2008

-1から+32

明日から正味11日間、アルゼンチンとブラジルに外遊に出る。関税特区であるアルゼンチンのフエゴ島(Tierra del Fuego)とブラジルのマナウス(Manaus)でのオペレーション展開を検討するミッションだ。

当たり前だが、驚くのはその気温差。30度以上・・・!それもそのはず、南米大陸最南端のフエゴ島は南極圏の手前、一方のマナウスは熱帯雨林だ。如何に機内持ち込み用のスーツケース一つに荷物を収めるか、持ち込みの荷物制限が厳しい昨今、これがなかなか難しい課題。

今回、出張とは言え、特にジャングルが楽しみで仕方がない。来週末にはアマゾン・ツアーが待っている。また、今週末はブエノス・アイレスでゆっくりと時間が取れる(※)。"南米のパリ"とも言われるブエノス・アイレス、ヨーロッパ風の楽しみ方ができることを期待している。

これだから外遊は止められない。当然仕事にも気合が入る。

※)Kalafのアメリカ・オフィスでは、出張先で週末を過ごしたり休暇を取ることが認められている(もちろん現地での費用は個人負担)。これは最高に素晴らしい制度だ。

Wednesday, 7 May 2008

ゆとり世代

5/2の日経新聞朝刊にあった"ゆとり世代がやってきた"という記事を読み、日本を心配に思った。

記事によると、今春の新入社員の多くが小学校入学時から週五日制であった"ゆとり世代"で、そのうちの四割超が「指示がないと仕事がにしくい」、「競争が嫌い」と自己を評価しているという。また、みずほコーポレート銀行はこれまで二週間ほどだった新人研修を半年に延ばし、静岡銀行は父母向けに説明会を開いたそうだ。記事は、「本気で育てるつもりがありますか」と結んでいる。

今日、メディアはさかんに国際競争の厳しさと日本の競争力の低下を伝える。

ゆとり世代、団塊世代の退職、売り手市場、特徴的な要素は幾つもあるが、これらはあくまでも日本の"内部事情"であり、みずほコーポレート銀行や静岡銀行のような現象あるいはゆとり世代の自己評価とグローバリゼーションとのギャップを理解するのは難しい。

日本とグローバリゼーションを考えると、必ず"日本は島国から脱却できないのか"という問いにいきつく。移民に囲まれたマイアミにいると、なおさらこの問いを重く感じる。

Kalafのまわりにはラティーノのゆとりは溢れていても、日本の"ゆとり世代"は見当たらない。本国の友人たち、彼らはやはりどこか違うのだろうか。

Tuesday, 15 April 2008

中南米でのインテリジェンス活動

マイアミからテキサスを経由し、メキシコに入った。その機内で読んだ、手嶋龍一と佐藤優の対談、『インテリジェンス 武器なき戦争』がKalafの中南米での仕事を発想する上でヒントをくれた。

この本は、"インテリジェンスとは何か"、"日本のインテリジェンスについて"の二つが大きなテーマだ。知的に好奇心をそそり、ただ感覚的には"裏"の世界だけに凄味を覚える本である。鈴木宗男事件の"国策捜査"性について書かれた佐藤優の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』とあわせて読むと一層おもしろい。なお、Kalafは筆者のインテリジェンスの定義を「情報の背後をいかに理解し(点を線にする)、それを国益に結びつけるか(線を面にする)」ととらえた。

さて、ヒントはと言えば、Kalafの仕事もインテリジェンス活動の側面を帯びていると認識したことだ。今回の出張も鉱脈を掘り当てるための地質調査の側面が強く、良質の鉱脈のためには各拠点(この一週間で三箇所を回る)に"案内人"が必要だ。彼らとは、筆者の言う"インテリジェンス・オフィサー"関係を今後築く必要がある。

また、Kalafのマイアミでのポジションをconsiderすると、別のインテリジェンス活動が見えてくる。すなわち、①グローバルのオペレーション・スキームを担う本社サプライ・チェーン、②その傘の中でアメリカ(北、中、南)のオペレーションを管轄するアメリカ・サプライ・チェーン、③中南米のセールス拠点のマイアミ。この地図に、Kalafの出身は①、所属は②、現在のベースは③という背景および中南米のパートナー(部品、工場、物流)を加える。そして、Kalafはオペレーションの改善や構築には関与するもののexecutionそのものはしないという任務特性。案内人との関係が線だとすると、これは面の"インテリジェンス"ととらえられる。

Kalafの仕事をインテリジェンスとして位置付けることを可能にした本であった(英文和訳のような文体だ)。

興味深い引用:
"秘密情報の98%は公開情報を再整理することによって得られるという"(p4、佐藤)
"インテリジェンス能力は当該国家の国力から大きく乖離しない"(p5、佐藤)
"インテリジェンスや情報力は、自分の弱いところをできるだけ隠して、強いところを実力以上に強く見せる技法"(p85、佐藤)
"自分しか知らないような真実を掴むというのは、本当に面白い"(p225、佐藤)

Tuesday, 25 March 2008

Espanol and Declaration

明日からスペイン語のレッスンが始まる。このブログ名"Ahora"もスペイン語の"今"から引っ張っている。

さて、ここでKalafからの宣言。

宣言: Kalafは、スペイン語を十分に使えるようになるまで、新しい趣味を始めない。"十分に使える"とは仕事をスペイン語で行えるレベルであり、"新しい趣味"とはマイアミに来てから始めようと思っていたマリン・スポーツとゴルフのことである。

幸い、オフィスでも街中でもスペイン語がほとんどなので、プラクティスには事欠かない。目標は半年以内だ。

Monday, 17 March 2008

仕事始め

8時過ぎ、まだそこまで強くない朝日を浴びながら、Miami Riverにかかる橋を渡る。橋の袂の藪からイグアナがKalafを出迎える。

"Welcome aboard."

Kalafが最初に考えるべきことは、Kalafの果たしうる価値についてのブルー・プリントだ。パズルの完成予想図スケッチ、創造力がいる。Kalafのこれまでを発揮し、Kalafのこれからを方向付けるものと位置付けよう。

Friday, 14 March 2008

春とオフィス

これがKalafのオフィスだ。ただし、KalafはまだNorth Carolinaでboot camp中なので、Miamiのオフィスではない。池の手前にもう一棟あり、そこにKalafのデスクはある。

昼時に、この橋を渡りカフェテリアに行く。今日のように天気が良いと、心から晴れやかになる。青空とやや強い陽射し、緑が広がり始めた地面、池にはガチョウが遊び、キツツキの類いが木をつつく音さえ聞こえる。

アスファルトと喧騒に囲まれたこれまでのオフィス環境からの逃避ではないことを実感するとき、今でも驚く。

そして桜。

桜は人を幸せにする。春の訪れであり、日本を表す一つのbeautyだからだ。実は、Kalafは今年、桜を期待していなかった。だからこそ、ここでの桜に大きなありがとう。

明日、KalafはMiamiに発つ。そこはチャレンジの舞台だ。

3月、それは春。Kalafの新しい始まりを祝う桜に違いない。

Wednesday, 12 March 2008

グローバル企業とは -2

(続き)
最後の要素は、グローバルに広がるマーケットに、いかに効率良く、合理的に商品やサービスを供給できるか、という点と関係がある。

思い出してほしい。第一の要素は、限定されないマーケット、であった。この限定されないマーケットに対し、いかにして適材適所の人材配置を行うか。しかも、優秀な人材(※)は限られている。そして、意思決定プロセスであれ業務オペレーションであれ、その多くは、いわば繰り返しが基本である。

つまり、適材適所の配置とは、優秀な人材を、繰り返しが基本のプロセスやオペレーションからどれだけ遠ざけ、そのプロセスやオペレーションを構築することと、実際の意思決定をすることに割けるか、ということに他ならない。

これが、「標準化」が要素となる根拠である。

もちろん、ドメスティック企業でも同じことが言えるが、ドメスティック企業とグローバル企業では、商品・サービス群のみならず、その展開に必要なマンパワーと、また個々のマーケットに対応する難易度も格段に異なるため、グローバル企業においては、より標準化が重要と言える。

また、三つ目の要素として挙げた人の採用と配置が個人的特性によって決められないことは、 その特徴として組織間(企業外部、内部問わず)の人材の流動性となり表れる。優秀な人材は、内部的にはより大事なミッションに対して、また、外部的にはより魅力的な機会に対して、新しい配置がなされるからだ。

つまり、プロセスやオペレーションが属人的である場合、その安定性に支障が出るのだ。この意味においても、標準化は避けて通れない。

これら五つの要素に照らし合わせた場合、どれだけの日本企業がグローバル企業と言えるのであろうか。面白い問いだ。

※)ここでは、Kalafは、「差異を創り出す人材」、「新しい関係性を発見する人材」と定義としている。

グローバル企業とは -1

Kalafは、これまでの仕事を通じ、グローバル企業の定義を以下のように考えるに至った。

   1/ 「マーケット」が限定されていないこと
   2/ 働く「場所」が限定されていないこと
   3/ 働く「言葉」を選ばないこと
   4/ 働く「人」を選ばないこと
   5/ プロセスやオペレーションの「標準化」が進んでいること

まず、商品やサービスが国や地域を限定することなくグローバルに個々の「マーケット」に展開されていることが真っ先に挙げられる。これは、どちらかと言うと、カスタマー側から見た最も端的なポイントだ。

一方、企業側から見た場合、これは、ビジネス・チャンスがあると見れば、その利益を獲得するために、その「場所」にリソース(金、時間、人)を投入すること、と言い換えられる。つまり、ビジネス・チャンスの獲得という目的のために投入するリソースとその投入場所が決められるわけであり、リソースとしての人が働く場所はビジネス・チャンス次第でどこにでもなり得る。(なお、ここで言う「場所」は、必ずしもターゲットとするマーケットと一致するわけではない。)

次に、働く場所が限定されないことは、逆説的に、共通の「言葉」を必要とすることをより強く意味する。なぜなら、商品やサービスをグローバルに 展開するためには、そのバリュー・チェーンに関わる誰もが分かる言葉が欠かせないからである。つまり英語である。個々のマーケットや、働く場所にあわせて言葉を変えていたのでは到底グローバル展開はできない。働く人は言葉を選べない。

では、働く「人」を選ばないとはどういうことであろうか。

働く「人」を選ばないとは、ビジネス・チャンス獲得のために必要な人材という基準においてのみ、働く人とその配置が決められるということだ。つまり、人種や性別、年齢やバックグラウンドといった個人的な特性は基準にはならない。

実際には、もちろんこの通りにいかないのだが、重要な点は、企業が採用や人材配置を行う際に個人的な特性を基準にしない、ということだ。

ここで一旦まとめる。

あるマーケットにおいてビジネス・チャンスが見い出されると、選ばれた人が、然る場所に投入される。コミュニケーションは英語だ。

battle fields(マーケット)と陣容(場所、人)、コミュニケーション(言葉)が決まった。

(続く)

Saturday, 8 March 2008

blog -3: DIRECTION ~SOMETHING NEW~

(続き)
では、誰(マーケット)に対して、何(サービス)を、どのように(オペレーション)提供し、社会貢献(バリュー)を果たすのか。

事業戦略とマーケティングそのものだ。おもしろい。blogを考えることから、ここまでつながることがおもしろい。

Kalafは、このblogをこう位置付け始めた。位置付け「始めた」と書いた、RUNNING MOVEだ。

何を?:
   「Kalafの五感や思考」
   「Kalafの環境的特徴(surrounding features)、
   すなわちマイアミ、中南米、サプライ・チェーン」
誰に?:
   「Kalafの五感や思考、
   およびその環境的特徴に主体的に働きかける人」
どのように?:
   「このblogを通して」
社会的価値は?:
   「SOMETHING NEW」

気合のいる徒然だ。

Friday, 7 March 2008

Bagel Morning

毎週金曜日の朝、オフィスにベーグルが届けられる。持ち回りで数ヶ月に一度の自分の番に、部署のメンバーに買ってくるのだ。今朝はKalafの番、出張でいない同僚の代わりだ。

Kalafのデスクの横を通りながら "Thank you!" を皆が言う。全員が笑顔になる。快い気分だ。アメリカでは、こうして意図的に、ただし自然に笑顔の機会が作られるのだろうか。

Monday, 3 March 2008

19:30@Office

19:30、もう誰もいない。文字通り、フロアに一人もいない。18:00くらいから、既にほとんどいなかった。

健全だ。「健全だ」と感じることすら不健全なのかもしれない。ここでは、仕事以外の時間を「十分に」持つことが当たり前なのだろう。

かと言って、彼らのパフォーマンスが低いわけではない。(日本と比べて)短いと思われる仕事の時間とパフォーマンス評価に相関(比例)関係を見出しにくい一つの理由は、彼らの仕事が、それぞれ明確に定義あるいは区分されていてパフォーマンスを評価しやすくなっているからだと思う。働いた時間が評価の対象になることはなく、パフォーマンスのみによって評価される。パフォーマンスに対してはシビアな社会であり、結果的にパフォーマンスは一定以上に保たれる。

パフォーマンス評価が日本で根付かない背景は、時間とパフォーマンスの相関関係ゆえなのかもしれない。