Tuesday, 29 April 2008

車-1: ディーラー

headacheが治まり、一気に爽快な気分。マイアミに着いて以来のbiggest mustであった車がKalafのもとにきた。もちろん自動車保険も契約した(法律で義務付けられている)。そして運転免許証も手にした。嬉しい以上に落ち着いた。

アメリカで生活を始めるものにとって自動車の購入は一苦労。credit history(信用履歴)が全くないため、現金があったところで車を売ってくれない、リースしてくれない、あるいはunreasonableな金額が提示されるケースが少なくない。そもそも初めてのアメリカ生活なのだからcredit historyがないのは当然、一方でアメリカは車社会。この矛盾、Kalafも何度か理不尽を感じた。多様性の感受、忍耐、鍛錬、と言い聞かせながら・・・。

加えて、リースはpricingが複雑で、話をよく聞くと提示額に含まれていないものが幾つか出てくる。例えば、ナンバー・プレートやディーラーの初期経費、warrantyだ。車のディーラーは巧妙。

"In Miami, believe nothing what you hear, and believe half what you see."

これは、マイアミに来る前にマイアミ出身の同僚に言われた言葉だが、この教えを忠実に守り、メールで交渉を続けるとようやく総額が見えてくる。最終的には納得のいくdeal。

車選びではluckyとunluckyが一つずつ。luckyはディーラーが日系人のよしみで(とAkiraは言った)、誠実かつ迅速な対応を常にしてくれたこと。Akiraは最初からボトム・ラインで話を切り出し、変動要素とその変動額の説明をくれた。これは他のディーラー(ほとんどがヒスパニック)では多くはなかった対応だ。心を許した、は言いすぎだが、彼へのプレミアムをKalafが感じたことは事実。

Akiraから学んだ交渉術、それは"できる"ことと"できない"ことを最初に明確に伝えることだ。基本ポリシーを明らかにすることとも言い換えられる。これは、万事の手立てではなく上手に使う必要があるが、今回はこのAkiraの姿勢に信頼を覚え、unluckyを"レッスン料"として無理やり呑み込ませることに成功した。

そのunluckyとは、Akiraとの交渉が終わりに近づいた頃、日本人のディーラーの存在を知ったことだ。結果論だが、最初からこのディーラーに頼んでいれば$2,000程度のディスカウントさえ可能だったかもしれない。

ここでの実感。それは、アメリカでは(そして、おそらく他の地域でも)日本人のチャネルがあり、このチャネルにたどり着くことがいかに意味のあることか、ということだ。日本食材をどこで手に入れられるか、は瑣末な例として分かりやすいであろう。この意味で、自動車保険はluckyだった。日本人チャネルにめぐり合ったからだ。

(続く)

2 comments:

しの said...

creditもdrivingも、historyが必要なんですね。

Kalaf said...

アメリカという社会に合致した仕組みだとも感じる。

Social Security Numberやこれらのhistoryは"public information"との認識らしい・・・。全てのhistoryがどこかで誰かに見られていると思うと怖ささえ覚える。